スペシャルインタビュー コーセー研究所 皮膚・薬剤研究室

小林豊明さん
コーセー研究所 皮膚・薬剤研究室

2008年KOSÉ入社後、研究一筋。
シワ・たるみなど皮膚に関わる加齢研究に8年間携わり、シワ研究チーム内の期待のホープ。
プライベートでは「週末は家族に料理を振る舞う」という意外な一面を持つ。

世界初!? 30年を超える地道なシワ研究でわかった最新メカニズム

目もと、口もと、おでこも気になる…… 大人のシワ、どうしてできるの?

コーセーのシワ・たるみなど皮膚に関わるエラスチン線維の研究に携わっているのは、コーセー研究所 皮膚・薬剤研究室 皮膚・薬剤グループの小林豊明さん。
一重項酸素と呼ばれる活性酸素のひとつではあるのですが、コーセーは30年ほど前からシワ研究に取り組んでいて、一重項酸素によりコラーゲン線維が変性し、シワが生じることを解明しています。

シワと一言で言っても大小さまざまです。目の下や唇の周辺などによく現れる小ジワは、乾燥などが原因で表皮(肌表面)に刻まれる症状。一方で、目尻やおでこ、ほうれい線などの深いシワは、肌の奥、つまり真皮の組織が維持できなくなって深い溝が刻まれるのです。モチモチとした肌の弾力やハリ感などは、真皮構造が正常に保たれているか否かで見た目にも大きな影響をもたらすというわけです。

もう少し詳しくお話すると、肌のハリや弾力というのは真皮の構造がカギとなります。真皮の2大構成成分として「コラーゲン線維」と「エラスチン線維」があり、これらをベッドに例えるならば、コラーゲン線維はウレタンや中綿など厚みを持つ“詰め物”部分、エラスチン線維は跳ね返る力のある“スプリング”になり、バネが伸び縮みすることによって皮膚に弾力を与えます。
当たり前ですが、どちらかの機能が良ければいいというわけではなく、双方のバランスが取れてこそふかふかとした弾力のある心地よいベッドになるわけです。肌も同じように、コラーゲン線維とエラスチン線維が正常に機能しないと、ハリや弾力のない肌になってしまうのです。<図1>
コラーゲン線維もエラスチン線維も真皮の細胞が作り出すので、真皮の細胞の状態をいかに良くするかがカギとなるのです。

図1:「コラーゲン線維」と「エラスチン線維」

年を重ねるとなぜ、老ける?長期肌細胞研究でわかったこと

そうは言っても真皮の細胞はとてもデリケート。コラーゲン線維やエラスチン線維もさまざまな要因で機能が低下してしまいます。コーセーの今までの研究でも紫外線によってエラスチン線維が変性し、シワやたるみが生じることはわかっていましたが、「加齢」との関わりについてはどうだろう?と。私たちも加齢によってエラスチン線維が変性するメカニズムは未だ掴みきれていなかったのです。
そこで取り組んだのが、「同一人物から年を追う毎に真皮の細胞を採取して、老化のメカニズムを検証する」ことでした。測定器を使って年齢別で皮膚の弾力を測定することはさまざまな研究で行われていますが、ヒトそれぞれで遺伝的な背景が異なるため、純粋な「自然老化」によるメカニズムの解明は難しかったのです。長い年月をかけて同一人物から“皮膚細胞を採り続けた細胞”を用いてエラスチン線維の研究を行ったという事例は世界でも例がありませんでした。

36歳から62歳までの30年以上に渡り採取した細胞を用いて、肌内部で起こるエラスチン線維の自然老化、つまり加齢に伴う変化を検証する事に成功したのです。この研究内容は2016年にアメリカで開催された「国際化粧品技術者連盟(IFSCC)オーランド大会」でも発表したのですが、国内外の化粧品研究者たちから“羨ましい”と言われたんですよ(笑)。なぜって、細胞を採取するだけでものすごい時間と手間がかりますから。企業として本気で取り組む覚悟、つまり長期的なサポートがあったからこそ、この結果に繋がったのだと思います。今、思い出しても研究者冥利に尽きる、非常にありがたいチャンスでした。

シワと加齢は比例する!?データが導く「量」より「質」

採取したデータを分析する作業は、今思い出しても本当に大変でした(笑)。当時の記録用ノートを読み直しても感慨深いです。
僕らが仮説を立てた「シワと自然老化の関係性」について、注目したのは加齢に伴うフィブリリンの変性メカニズムでした。フィブリリンとはエラスチン線維の主な成分であり、肌の弾力やハリの有無を左右すると言われています。僕らは「年を重ねるとフィブリリンの量も減少し、エラスチン線維の変性につながる」と仮説を立て、そのデータを集めて原因を探ることにしました。
ですが、実際、フィブリリンの量を測ってみると「年齢による減少は見られない」ことが判明したのです。
予想と反する結果に、正直、かっがり(笑)。フィブリリンの量は変わらないのに、シワができる。この因果性は一体何だろうと視点を変えて考え直さなければなりませんでした。

次に着手したのはフィブリリンの「質」。“量”がダメなら“質”を確かめる必要があると考えました。
結果は、狙い通り。加齢に伴い、異常なフィブリリンが作られていること、しかもこれらの品質管理の役割を担う検品役「小胞体シャペロンBiP」との関係性も突き止めたのです。

シワのない肌作りのカギは「小胞体シャペロンBiP」品質管理を徹底的に行うこと

「小胞体シャペロンBiP」とは一体何か? 実は、私たちの体や肌の中にはシャペロンが数多く存在し、さまざまなタンパク質分子の正常な働きを助けているのです。小胞体はタンパク質の組立工場と考えてください。真皮の弾力に欠かせないフィブリリンを作る上で非常に重要な役割を担っているのですが、この工場内で作られたフィブリリンがベルトコンベアーで流れてきて、検品作業が行なわれます。ここで異常なフィブリリン(不良品)をはじく品質管理の役割が「小胞体シャペロンBiP」となります。「小胞体シャペロンBiP」が十分に存在すると、良品のフィブリリンができ、「小胞体シャペロンBiP」が減ると、不良品も混ざったフィブリリンができてしまいます。つまり、肌の弾力やハリの要となるフィブリリンの質を左右するのが、この「小胞体シャペロンBiP」なのです。<図2>

余談ですが、ここで“シャペロン”という名前の由来をお話ししましょう。シャペロンとは元々、西洋の貴族社会において社交界にデビューする女性たちのお世話係のことを言います。素敵なレディになるために立ち居振る舞いから話し方、食事のマナーまで徹底して教育をするばあやですね(笑)。社交界にデビューする女性をタンパク質に例えると、小胞体シャペロンはお世話係。良質なタンパク質を作るには、その前に品質の良し悪しをチェックする機能が必要になります。これを「小胞体シャペロンBiP」が担っているのです。肌のメカニズムにもこういうお世話係のような機能があると思うと面白いですよね。

図2:「小胞体シャペロンBiP」とフィブリリン
・「小胞体シャペロンBiP」の数が多い場合。
・「小胞体シャペロンBiP」の数が少ない場合。

管理体制を高めるスーパー美容成分「アスタキサンチン」

老化のカギはエラスチン線維の主成分であるフィブリリンの品質管理を担う「小胞体シャペロンBiP」であることがわかりました。この品質管理の役割の量を増やせば良質なタンパク質、ひいては健康的な肌も維持できるわけです。そこで「小胞体シャペロンBiP」の産生を促す成分の探索を始めました。

そして、僕が自信をもって提案したのは、抗酸化力はもちろん、シワに対する効果があり、コーセーで長年研究を行っている「アスタキサンチン」。アスタキサンチンを検証してみると、「小胞体シャペロンBiP」の量を増やすことがわかったのです。これにより、真皮内の品質管理が徹底され、不良品のフィブリリンを取り除き、作り直しを命じて良質なフィブリリンだけが作り出されます。
不良品を作り出してしまう工場に対し徹底した検品を行い、品質の高いスプリングだけを作り出す工場に改善する。他にもコラーゲン線維の変性抑制など、アスタキサンチンは非常に高いアンチエジング効果も期待できるんですよ。

30年を超えるコーセーのシワ研究の新たな1歩を踏み出せたことを嬉しく思う一方で、まだまだできることがあると考えています。美容業界おける研究技術は日進月歩。多くの女性たちの肌悩みやキレイになりたいという気持ちに応えられるよう、さらなる高みを目指せるよう研究に励みたいですね。

撮影/斉藤大地  文/長谷川真弓